ユーコン川をカヌーで下る① Rainy Yukon

「寒い…。」

7月22日。
ユーコン川は午後7時でも周囲はまだ明るかった。
ただ大粒の雨が体を打ち続けていた。

カヌーを漕げば雨具の袖口から水が流れ込んでくる。
フードのコードを絞っても首まわりからは水が染み込む。
さっき立ち寄ったキャンプ地ではイギリス人家族がテントを張っていて火を焚いており、リチャードと名乗る父親が「自由にしていっていいよ」と声をかけてくれていた。
停滞した方がよかっただろうか。

ただ、あと2時間も進めば数日ぶりの街カーマックスだ。
平らなキャンプ場やシャワー、そしてハンバーガーショップと聞いていた。

とにかく川を漂うだけでも少しは進んで行くはず。
僕はカヌーの上で雨粒を受けながら、体を丸めて小さくなっていた。
カヌーには雨水がたまるので、時折くみ出さなければならなかった。

北アメリカ北西部の位置するユーコン川。
日本では作家の野田知佑さんが多数の旅行記を発表してその名が知られるようになった。

僕は野田さんが校長を務める四国吉野川の「川の学校」の卒業生であり、運営に長く携わったスタッフでもあった。
野田さんに幾度となくユーコン川について聞き、そこは僕にとって「いつか訪れなければならない川」になっていた。

29歳。
僕はスタックしかけていた。
仕事に不満があったわけではない。
しかし、毎日は少しづつ違えど、何か劇的なことが起こるわけでもない。
映画ファイトクラブでブラッドピッドは言った。
「長いはずだった人生も、いつかは持ち時間がゼロになる」。
そろそろ僕は次の段階に進む時だと思った。

会社を退職し、今までやりたくてもできなかったことを考えた時、まず浮かびあがったのがユーコン川を下ることだった。圧倒的な荒野の中に打ちひしがれたいと思った。

実際、僕はユーコンの雨に打ちひしがれることになった。

数時間後、強かった雨は弱くなり、ついに降り止んだ。
太陽が雲に隠れながらも周囲を照らし、あたりは黄色い光に包まれていた。

浅瀬では魚が跳ねる音がしたので、ルアーを投げてみると、2投目で魚が食いついた。60センチほどのシーフィッシュだった。
ルアーはカナダ国旗が描かれたスプーンで、何かの冗談かと思った。

旅が終わって振り返ると、ユーコンではほぼ毎日雨が降った。
大体は本格的な雨で、道中、地元の人は”Unuseual”だとか”It has never rained like this before” などと口を揃えた。ユーコン川を下った13日間のうち、一滴も雨が降らなかったのは2日だけだった。
それでも僕は死ななかったし、やり遂げたことに満足を感じた。

もう一つ、僕が感じたのは、必要な準備さえすれば、誰でもユーコン川を下ることはできるということだ。
2週間弱の休み、25万円ほどの予算があれば十分ではないだろうかと思っている。

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